監督・脚本
羽蚋 拓未(はぶと たくみ)
1997年生まれ。静岡県出身。映像・音楽制作 武蔵野美術大学映像科を卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻の監督領域を修了。現在はフリーの映像制作、演出部として活動する傍ら、ロックバンドUnhappy New Ageのベーシスト、作曲を担当し、また個人名義でも映画音楽の制作などを手がける。
坂本悠花里監督『白の花実』[第73回サン・セバスティアン国際映画祭 正式招待作品] 助監督にて参加。
金子修介監督『2126年、海の星をさがして』助監督・音楽としても参加
蘇鈺惇監督『走れない人の走り方』[第19回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門]助監督・音楽としても参加
全辰隆監督『3mmの恋』助監督として参加
「未来予知」「時間の停止」というSFの要素を骨子としつつも、王道の青春譚になっています。SFと青春という2つの要素を組み合わせた理由、経緯を教えてください。
企画の最初の一手は「歴史教師を主人公にしよう」と決めたことでした。
青春ものとSFを組み合わせるというよりかは、歴史教師を主人公に据えた時に浮かんでくる「歴史」や「未来」というテーマに対して、フィクショナルなものも含めて、ふさわしい素材を探していく作業があり、その中で未来が見える生徒という発想や、超能力の存在に至りました。これまでも、SF的要素があるもの、特に観念的なファンタジーは自分が作ってきた作品に共通する要素でしたが、学園青春ものは作ったことがなかったので、そこは自分にとってのチャレンジになりました。
隕石直撃、未来予知、生徒と先生への恋など、ライトノベルのようなキャッチーな世界観です。このような設定を映画のベースに選んだ理由を教えてください。
キャッチーさという意味では、未来予知などのフィクショナルな要素が、難解で観客を突き放すものではなく、映画に対する興味を引き出せるくらいの軽さであるように意識しました。
また脚本を作っていく中で変わっていったこともあり、例えば、最初期の企画では男性教師の物語だったのを、”ボーイ・ミーツ・ガール”の方が良いという友人の助言を受けて、女性教師に変えたことで少しの恋愛要素が生まれ、プロデューサーの廣瀬さんや吉野さんと冒頭の柚季の死のあり方を検討する中で隕石が当たって死ぬというアイディアが生まれていきました。
製作にあたり念頭にあった作品・参照にした作品は?
学生たちの物語であるということから、『ホールド・オーバーズ』や『ブレックファスト・クラブ』のことは念頭にありました。また柳島さんに撮影をお願いしたこともあって初期の『ソナチネ』のような外しの効いた画作りにしようとも考えていました。
ユーモアと青春の切なさ(エモさ?)のバランスを保つために、演出面で意識した点などあれば教えてください。
内側にある感情と、それを表現するのに出てきた挙動や言葉にはギャップが生じるという点は意識していました。
この映画に流れている感情の本流には「切なさ」や「寂しさ」や「空虚さ」があると思っています。これまで作ってきた映画では、それをそのままアウトプットすることが多かったのですが、今回はその本流にある感情を、「優しさ」や「ユーモア」で包むことができるように意識しました。だから、基本的には悲しかったり寂しかったりするところを、キャラクターたちの背伸びや見栄っ張りやはぐらかしで、なんだかおかしく感じられるように、演出を行なっていきました。
「廃校になる学校」「未来史のシーン」「避けられない柚季の死」など、希望の見えない未来が暗示されています。その理由や、監督の未来感を教えてください。
暗い未来を想像する方が容易だからという理由が一つですが、もう一つは、その暗い未来にロマンを感じているからです。
私は、未来が全てビッグバンの余波のうちだという話が好きで、つまり最初の宇宙の誕生の瞬間に、やがて来る宇宙の終わりまでが全て決まっているということなんですが、基本はそうなんじゃないかと考えています。でも、私たちの現在には常に選択があって、後から見たら全て決まっていたように見えても、私たちは瞬間瞬間で反応していくしかない。運命は全て決まっているのに、私たちに今できることは楽器を弾くかの如く刹那的であるところが、一つのロマンだと思うのです。
印象的だったシーンや、演出面で注力したシーンがあれば教えてください。
柚季が平家物語の一節の立ち回りをする授業のシーンはリハーサルを何度も重ねました。心の底から好きなものについて話す人ってとても魅力的に見えるのですが、それをお芝居で演出するとなると、思ったよりもずっと難しく、周りのスタッフにもたくさん助けてもらいながら作り上げていきました。
印象に残っているのは体育館のシーンで、撮影二日目の夜だったと思いますが、安田さんとレオくんのお芝居が、それまで少し悩みながらだったところから、そのシーンでピタッとキャラクターにハマった瞬間を感じて、翌日からの撮影の自信になったのを覚えています。
10〜20代の若い観客に先の描けない未来への不安、共感はどのように届いてほしいと考えていますか?
先の描けない未来への不安というのは、ある種、2000年代以降の若者にとっては親密すぎるテーゼだと思います。さらに今生まれてくる子どもたちには生まれた時からAIが全ての答えを提示してくれるような社会に生きています。それでも人類史を振り返れば、先の見えない未来に対して手探りで答えを見つけようとした歴史が大半を占めている訳で、未来が見えても、見えなくても、今この瞬間を生きるための答えを手探りで、ちょっとずつでもいいから探していきたい、と私は考えますし、この映画を観てくれたお客さんにもそう思っていただければ幸いです。