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INTRODUCTION

⼈⽣迷⾛中の⾼校教師・柚季は、隕⽯の直撃から⽣徒の蒼に救われる。蒼は未来を予知できる超能⼒者だったのだ。教師の仕事にウンザリしていた柚季は蒼の能⼒を使い、⼈⽣逆転の⼀儲けを企む。 ⼀⽅、孤独を抱える蒼は、不純でどこかズレているが、真っ直ぐに⾃⾝と向き合ってくれる柚季にほのかな恋⼼を抱き始める。しかし、実は柚季の未来にはある重⼤な秘密が隠されていて…世の中と⾜並みが揃わない⼆⼈の歩む「みらい」の先にあるものとは?
メガホンを取ったのは、『Song for Laurel』がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021にノミネートされ⼤きな話題を集めた、⽻蚋拓未(はぶとたくみ)。独⾃の作家性で話題を集める新鋭が満を持して商業映画デビューを飾る。主⼈公のどこかズレた⾼校教師・柚季を演じるのは、NHK『光る君へ』『⻁に翼』(2024)『べらぼう』(2025)ほか、CMでも活躍する安⽥聖愛。予知能⼒を持つ⽣徒・蒼を盧礼欧(ろれお)が瑞々しく演じる。

STORY

信号待ちで車の中にいた高校教師・野田柚季(ゆずき)のところにクラスの生徒・村木蒼(あおい)がひっ迫した様子でやってくる。「先生!車からすぐ降りて!!」勢いに負けて降りると運転席の上から隕石が直撃する。蒼は未来を予知できる超能力者だったのだ。
彼らの高校は廃校となるため、転校の作業で忙しい。その最中柚季は単位の足りない高3二人の補習講義を請け負っていた。そのうちの一人が蒼だった。蒼の家は父も時間を止めることのできる能力を持っている。高校教師に嫌気がさしていた柚季は蒼の予知能力を利用して一儲けたくらむのだったが…。

CAST

野田柚季役
安田聖愛
1996年6月23日、秋田県生まれ。14歳で「ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを受賞して芸能界デビュー。ファッション雑誌「ラブベリー」の専属モデルを務めた。これまでNHK朝の連続テレビ小説「半分、青い。」(18年)「虎に翼」(24年)大河ドラマ、「光る君へ」(24年)、舞台「シーボルト父子伝」(26年)に出演。 秋田県潟上市ふるさと応援大使や、サキホコレアンバサダーとしても活動中。龍角散のCMでも話題を集めている。

STAFF

監督・脚本
羽蚋 拓未(はぶと たくみ)
1997年生まれ。静岡県出身。映像・音楽制作 武蔵野美術大学映像科を卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻の監督領域を修了。現在はフリーの映像制作、演出部として活動する傍ら、ロックバンドUnhappy New Ageのベーシスト、作曲を担当し、また個人名義でも映画音楽の制作などを手がける。

直近参加作品:
坂本悠花里監督『白の花実』[第73回サン・セバスティアン国際映画祭 正式招待作品] 助監督にて参加。 金子修介監督『2126年、海の星をさがして』助監督・音楽としても参加 蘇鈺惇監督『走れない人の走り方』[第19回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門]助監督・音楽としても参加 全辰隆監督『3mmの恋』助監督として参加
羽蚋監督インタビュー
「未来予知」「時間の停止」というSFの要素を骨子としつつも、王道の青春譚になっています。SFと青春という2つの要素を組み合わせた理由、経緯を教えてください。
企画の最初の一手は「歴史教師を主人公にしよう」と決めたことでした。
青春ものとSFを組み合わせるというよりかは、歴史教師を主人公に据えた時に浮かんでくる「歴史」や「未来」というテーマに対して、フィクショナルなものも含めて、ふさわしい素材を探していく作業があり、その中で未来が見える生徒という発想や、超能力の存在に至りました。これまでも、SF的要素があるもの、特に観念的なファンタジーは自分が作ってきた作品に共通する要素でしたが、学園青春ものは作ったことがなかったので、そこは自分にとってのチャレンジになりました。
隕石直撃、未来予知、生徒と先生への恋など、ライトノベルのようなキャッチーな世界観です。このような設定を映画のベースに選んだ理由を教えてください。
キャッチーさという意味では、未来予知などのフィクショナルな要素が、難解で観客を突き放すものではなく、映画に対する興味を引き出せるくらいの軽さであるように意識しました。
また脚本を作っていく中で変わっていったこともあり、例えば、最初期の企画では男性教師の物語だったのを、”ボーイ・ミーツ・ガール”の方が良いという友人の助言を受けて、女性教師に変えたことで少しの恋愛要素が生まれ、プロデューサーの廣瀬さんや吉野さんと冒頭の柚季の死のあり方を検討する中で隕石が当たって死ぬというアイディアが生まれていきました。
製作にあたり念頭にあった作品・参照にした作品は?
学生たちの物語であるということから、『ホールド・オーバーズ』や『ブレックファスト・クラブ』のことは念頭にありました。また柳島さんに撮影をお願いしたこともあって初期の『ソナチネ』のような外しの効いた画作りにしようとも考えていました。
ユーモアと青春の切なさ(エモさ?)のバランスを保つために、演出面で意識した点などあれば教えてください。
内側にある感情と、それを表現するのに出てきた挙動や言葉にはギャップが生じるという点は意識していました。
この映画に流れている感情の本流には「切なさ」や「寂しさ」や「空虚さ」があると思っています。これまで作ってきた映画では、それをそのままアウトプットすることが多かったのですが、今回はその本流にある感情を、「優しさ」や「ユーモア」で包むことができるように意識しました。だから、基本的には悲しかったり寂しかったりするところを、キャラクターたちの背伸びや見栄っ張りやはぐらかしで、なんだかおかしく感じられるように、演出を行なっていきました。
「廃校になる学校」「未来史のシーン」「避けられない柚季の死」など、希望の見えない未来が暗示されています。その理由や、監督の未来感を教えてください。
暗い未来を想像する方が容易だからという理由が一つですが、もう一つは、その暗い未来にロマンを感じているからです。
私は、未来が全てビッグバンの余波のうちだという話が好きで、つまり最初の宇宙の誕生の瞬間に、やがて来る宇宙の終わりまでが全て決まっているということなんですが、基本はそうなんじゃないかと考えています。でも、私たちの現在には常に選択があって、後から見たら全て決まっていたように見えても、私たちは瞬間瞬間で反応していくしかない。運命は全て決まっているのに、私たちに今できることは楽器を弾くかの如く刹那的であるところが、一つのロマンだと思うのです。
印象的だったシーンや、演出面で注力したシーンがあれば教えてください。
柚季が平家物語の一節の立ち回りをする授業のシーンはリハーサルを何度も重ねました。心の底から好きなものについて話す人ってとても魅力的に見えるのですが、それをお芝居で演出するとなると、思ったよりもずっと難しく、周りのスタッフにもたくさん助けてもらいながら作り上げていきました。
印象に残っているのは体育館のシーンで、撮影二日目の夜だったと思いますが、安田さんとレオくんのお芝居が、それまで少し悩みながらだったところから、そのシーンでピタッとキャラクターにハマった瞬間を感じて、翌日からの撮影の自信になったのを覚えています。
10〜20代の若い観客に先の描けない未来への不安、共感はどのように届いてほしいと考えていますか?
先の描けない未来への不安というのは、ある種、2000年代以降の若者にとっては親密すぎるテーゼだと思います。さらに今生まれてくる子どもたちには生まれた時からAIが全ての答えを提示してくれるような社会に生きています。それでも人類史を振り返れば、先の見えない未来に対して手探りで答えを見つけようとした歴史が大半を占めている訳で、未来が見えても、見えなくても、今この瞬間を生きるための答えを手探りで、ちょっとずつでもいいから探していきたい、と私は考えますし、この映画を観てくれたお客さんにもそう思っていただければ幸いです。

COMMENT

未来についての映画だが、途中で一瞬提示されるそのイメージは非人間的で殺伐としていた。それがわかっているのに、朗らかに突き進んでいく三人の姿は何と凛々しくキュートなことか!
映画監督
黒沢清
「胸キュンのSF青春ジュブナイル小品」かのような体裁ながら、壮大な大河ロマンの一部を切り取ったように感じるのは、羽蚋拓未の大器を確かなカメラ(柳島克己)がスクリーンの向こう側に映し出しているからかも知れない。見せない部分が想像力を掻き立て未来史が積み上げられ、その未来がいつか実現されるだろうと信じさせてしまう映像を見逃すのは惜しい。
映画監督
金子修介
毎日の朝起きが嫌すぎた高校生活。あの頃の漠然とした未来への不安。
物語はいつも色や匂いで伝わって来る。少年の紺地に赤白の横ストライプのセーター。
学校の床の木目、黒板の白く霞んだ深緑、教室の壁のアイボリー。車の後に舞う土埃。
何故か北野武監督の『3-4X10月』を思い出す。「みらいしのほこう」は「時をかける少女」ならぬ「時を予知る少年」だった。
映画監督
今関あきよし
補講授業という時間のリミナルスペースに魔法が宿っていた。どこかなつかしい、ジュブナイルSFの小さな隕石が、突然、降ってきたかのような楽しい作品! 未来は常に開かれているのだと、隕石の開けた穴が、僕たちに教えてくれている気がした。
小説家
乙一